暴走老人になりかけた孤独男性
多くの人が何者にもなれずに死んでいくのだと最初から思っていれば、肩書を失っても喪失感はないと思うのですが、ある程度の肩書を持った人ほど喪失感が大きいのはしょうがないのかなぁ。
会社の中で権力を持っていて、そのおかげでチヤホヤされる経験があると余計に喪失感・無力感は大きくなるかもしれません。
孤独万歳本で癒やされるのは孤独でいられる人だけ
主に定年退職したシニア向けに書かれた孤独本は1年くらい前からブームでやたら本屋に並ぶようになりました。
孤独本は孤独を許容できる人や「孤独が好きだけど、世間的が気になる」人にとっては勇気づけられる本ですが、孤独でいたくない人にとっては意味がありません。
それに孤独本の著者は本当の孤独ではなく、その上でおひとりさまの行動を楽しんでいるタイプでしかないのは記事の通りです。
下重暁子氏の『極上の孤独』のアマゾンレビューには
「極上の孤独」ではなく「極上(贅沢?)なお一人様自慢」
などと書かれているように、孤独じゃないんですよねぇ。
孤独に耐えられない高齢者を活用すべき
孤独から「キレる老人=老爆(オールドボンバー)」になる高齢者が増えては困ります。
イギリスが「孤独担当大臣」を設置したように、日本でも孤独に耐えられない人のための策を講じた方がいいかもしれません。
一番いいのは、ボランティアで無償や安い賃金で働いてもらって労働力になってもらうことですね。
その仕事は「社会的に意義があって、尊敬される」と広く認知されることが重要なポイントになります。
あ、もちろん私は孤独に耐えられるので働くことはありません。