『完全自殺マニュアル』著者の「非効率な生き方」
1993年に話題となった『完全自殺マニュアル』の著者・鶴見済氏への取材記事です。
「タイパ」だ「コスパ」だと効率を追求しすぎると、人生が空白になるというのは理解できます。
タイパやコスパによって生まれた時間やお金の余裕を、どう使うか次第なのであって、タイパ・コスパが目的化してしまうとよくない。
人生におけるメリハリの付けるためならいいと思いますが。
「自分の人生に満足したフリ」をして死んでいく
最も気になったのは記事の最後の下り。「60代を越えると突然、『これまでの人生に満足』と答える人の割合が上がる」という部分です。
もっと出世したかったとか仕事で実現したかったことなどは、定年退職したらもう実現不可能です。
競争社会に生きてきた男性は特にそうだと思いますが、なりたかった自分になれないで終わる人の方が多いもの。
そうなった時に後悔しても取り返しがつかないからしょうがないと諦めて、実現できたことや良かったことだけに着目すれば「これまでの人生に満足」となります。
自分も60歳を目前にして、そういう思考になってきているので、60代以上になると誰しもが経験することなのかもしれません。
ジタバタする死に際でいい
私はそれでいいんじゃないのかと思いますが、鶴見済氏は最後までジタバタする死に際でいい、と。
それで「人生の残りが減ってくる焦りが消える」というのは、むしろ逆でちょっと疑問です。
でも心の中で後悔を抱えているのに、人生に満足したフリをするのは違います。
もうちょっと往生際が悪い振る舞いをしても許される社会になるのはいいことかな。
「いい歳なんだから」などと言われるのを気にせず、生きたいように生きられる方が良い。
時間やお金は有限ですから、どこかでタイパ・コスパを気にしつつ、最後までジタバタする人生も悪くないかと。
