働かなくても暮らせる父の違和感
資産運用や配当収入によって、働かずに暮らす生き方に注目が集まっています。生活費を抑え、資産から得られる収入で暮らすことができれば、時間に縛られない自由な人生を送れるようにも見えます。しかし、身近な家族がそのような生活をしているからこそ、別の価値観を持つようになる人もいます。
息子が父に対して「自由を得たはずなのに、日々の話題は株価と配当、節約のことばかり」と評する下りは、まるでセミリタイアブロク・FIREブログあるあるかと思ってしまいました。
ブログに書く話が投資や節約などのお金のネタに偏りがちなだけで、他の話題がないわけじゃない…はず。知らんけど。
ただそこだけ見ちゃうと、楽しそうに思えないのはしょうがないかな。
もしかするとこれが「FIREしても暇を持て余す」イメージに繋がっていたりする?
地味で質素なFIRE生活
ネット上で「1億円あったらFIREする?」みたいな質問があると、「1億円じゃすぐに無くなる」といった声が結構あります。
ガチ節約系の人なら余裕と答えるレベルだと思いますが、FIREに対する世間の認識は旅行したり外食したりする悠々自適な生活のイメージなのでしょうか。
そういう人たちからすれば、日々の話題が投資と節約しかないなんて、つまらなさの極致。
他にお金のかからない趣味を楽しんでいたとしても、「こんなつまらない生活すらFIREしたくない」になりそう。
FIREするなら「働かない才能」が必要だと言われる所以ですねぇ。
自由すぎると不自由
「働かなくていい」は自由であることを意味し、自由は人間にとって最高の状態を示すと考えれば、目指すべきものであるように感じます。
ただ記事の息子が「嫌な働き方をしない自由」でいいというように、自分にとって苦しくない程度に自由であればいいのかと。
「自由すぎると不自由」「選択肢が多過ぎると選べない」などと言われるように、自由であればあるほど良いとは限りません。
自分が求める自由とは何でどれくらいなのか、それを理解して得ることができれば幸せに近づけるのかもしれません。
