徳川家康による「質素倹約は美徳」の呪い
徳川家康はケチだった、と言われることがあるように、「お金は汚いもの」「質素倹約は美徳」は徳川家康によって根付いたのかもしれません。
ただ260年続いた江戸幕府を見てみると、ずっと質素倹約で幕政を運営していたわけではないですね。
もちろん、庶民に対しては「質素倹約は美徳」と思わせておいた方が良かったのだろうと思います。
財政難になると「質素倹約」
幕政運営がずっと質素倹約だったと思わないのは、八代将軍・徳川吉宗が将軍になった時、幕府は財政難に陥っていたため、幕府の支出を抑えるために「質素倹約」で財政再建を目指しました。
徳川吉宗は大奥もリストラして経費を削減していますが、11代将軍・徳川家斉は側室40人に55人の子女をもうけて支出が膨らんだとか。
江戸時代の享保・寛政・天保の三大改革においては、質素倹約を求めたり経費削減のために大鉈を振るっています。
ほうっておくと支出が膨らんでしまい、その度に質素倹約を求めるという形ですね。
最初から一貫して質素倹約に努めているのでもないので、やはり「質素倹約は美徳」という意識が必要だったのではないかと。
歴史は繰り返す
明治以降では、第一次世界大戦後の大戦景気(大正バブル)では成金がたくさん生まれました。
その後に恐慌に見舞われ、1940年には「贅沢は敵だ」というスローガンが生まれています。
昭和末期~平静初期のバブルの頃も浮かれていて、バブルが弾けた後に「質素倹約は美徳」に揺り戻っている感覚です。
失われた30年の間、ずっと「質素倹約は美徳」になっていて、まるで何かの呪いのように感じざるを得ませんが。
今は老後のお金の不安から「質素倹約は美徳」意識が強くなっているのかもしれませんね。
