堺屋太一氏死去
「団塊の世代」という言葉の生みの親で、元官僚の作家であり、元経済企画庁長官でもある堺屋太一氏が亡くなりました。
経済企画庁長官時代のインパク(インターネット博覧会)やその後に様々なアイディアを出す人でしたが、全部が全部当たりとはいかなかった印象です。
一方、『団塊の世代』で少子高齢化を予想していたり、未来予測の方がまだ当たっていたと思います。
『平成三十年』を書いて、その平成30年を見届けてから亡くなるというのは何とも言えないタイミングになりましたが。
官僚時代のぶっちゃけ話が面白くも怖い
経済産業省在職中に書いた『団塊の世代』の少子高齢化予測を官僚に一蹴されたという話を始め、官僚時代の話は参考になります。
官僚が何をやろうとしていたかを知っていたから、そこから予測ができたということでしょう。
「統計不正問題」をどう見ていたのか
堺屋太一氏の経済企画庁長官時代(1998-2000年)に行ったことで、よく覚えているのが景気判断へのダメ出しです。
集計に時間がかかって遅いし、都合のいい言葉でごまかしているとして、もっと実態を示さないとダメだと。
当時の経済企画庁が経済白書を出していたこともあり、経済政策の元になる統計をとても重要視していました。
そして、アイディアマンらしく「景気ウォッチャー調査」を提案し、2000年から開始して今も続いています。
いま問題になっている厚労省の毎月勤労統計調査の不正や、他にもぼろぼろ出てきている統計の不正について、堺屋太一氏ならどう見ていたでしょうか…
ご冥福をお祈りいたします。